世界の中心

聖書箇所: コロサイ1:15-17

人は試み苦しみの中で、自らの本質にある罪の根元に突き当たります。つまり全世界は神を中心に造られ、神により日々動かされている、歴史は神が造るものであるのに、それを容易に受け入れない自らに突き当たる。
心のどこかで、その何気ない日常の中で、自らを中心に生きていることを、むしろ無自覚に日々を過ごしている。
まさにこの試みこそ、その中心を的外れた私達の罪を、神が私達の中から取り除こうとする愛に基づくものに他なりません。
今回はこの神が全世界の中心であるということをもう一度丁寧に聖書から見つめていきたいと思っています。
聖書は全世界の中心に、神が、主イエスキリストが居られることを一点の曇りなく語っています。
創造の始めからこの地に居られ、いっさいのものは御子にあって、御子によって、御子のために造られました。そして御子により日々万物は成り立っている。だから全ての被造物の目はこの方に注がれています。
そして、この方も万物の中心で全てのものに目を向け、あわれみ、支え、満たし、保たれているのです。
まさにこの世界の中心は主なのです。
さらに、主は全ての歴史の中心でもあられます。
それは創世の始めから神の言葉として、エデンの園に於いては命の木として、また神の全世界からの選びの民としてのイスラエルを幕屋・神殿の中心にある至聖所に臨在し治められ、今の時代に於いてはこの教会の中心に居られて全世界への神のご計画をこの教会を通して成し遂げようとし、やがて来られる主は千年王国に於いて、その中心で全世界を統べ治められます。
そして、やがて完成する天国、新天新地においては、主ご自身が至聖所となり、やみを完全に退けた光となって、私達の中心で、この天国を治められます。
しかし、ここに神は驚くべき神の御心を成します。全世界の中心であるこの方はあろうことか、自分を中心として神に敵対し罪の中に生きる私達を、その罪から引き離そうとご自身を全世界の中心で十字架に釘づけにし、その全てをいや命をも注ぎ尽くして、私達を贖われたのです。
まさにこの神の心の中心は、そしてそのまなざしの中心は、あり得ないことですが、この私達に向けられていたのです。
そして、主はそのことによって私達を全世界の中心である神の御国、ご自身の御元に引き寄せてくだいました。

今私達の中心には何があるでしょうか。
自分でしょうか。これほどに愛してくださった主でしょうか。
主は世界の中心、十字架の上で両手を広げ私達を招いておられます。
だから今私達はこの主の御元に、自らの罪をかなぐり捨てて行こうではありませんか。


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